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1.歴史と沿革


 塩尻市は長野県の中央部に位置しており、市域は松本盆地の南端に広がる北部と木曾地方の北東端にあたる山岳地帯の南部とに大別されます。木曾平沢は、中山道や奈良井川が南北に縦断する市域南部の中央に位置し、谷あいを北流する奈良井川が大きく湾曲した河川敷に発達した集落です。

木曾平沢は、慶長3年(1598)に奈良井川の左岸にあった道が右岸に付け替えられたことを契機に、周辺の山林によって生活していた人々がその道沿いに居住することで、集落が形成されていったと考えられています。この道は、古代・中世では吉蘇路や木曾路などといわれていましたが、徳川幕府により慶長7年に中山道の一部として整備されたものです。

 このようにして成立した平沢は、近世には奈良井宿の枝郷として位置付けられ、檜物細工や漆器などの生産で生計を立ててきました。当初は「木曾物」と総称されていた漆器も、近世後期になると「平沢塗物」の名で流通するようになりました。さらに、明治期以降も本堅地漆器の製造技術を導入するなどの技術革新によって成長し、現在でも日本有数の漆器生産地としての地位を維持し続けています。

 






日付:  2006/9/10
カテゴリ: 漆工町 木曾平沢
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